» 2020 » 7月 » 3のブログ記事

もうすぐ七夕ですね。
今年は、短冊にどんなお願い事を書かれるのでしょうか。

先ほど・・、書類の整理していたら、スタッフの報告書が出てきました。

清水園は、会場がたくさんある為、現場スタッフからの声を大切にし、みんなで共有することにしております。

 

【宴会課スタッフのお話しです。】

先月にあった婚礼の試食会でのお話です。
小さなお子様がいらっしゃるテーブルがありました。
新郎新婦のお子様の
で、他には新郎様の御両親もいらっしゃいました。

私はいつものように、
「風船でワンちゃんを作って差上げてもよろしいですか?」とお伺いすると
お客様はとても喜んでくださり、目の前で作る様子を皆さんが笑顔でご覧になられていました。

すると突然、新郎のお母様が
「今日、司会をされている方は長いのですか?」と尋ねられ
私は『気にいってくださったのかなぁ』と思い、
「清水園で、とても人気のある司会者です」とお答えしました。

するとお母様が「・・実は、もう一人の息子がいて、以前 清水園で結婚式をしたんです。その時の方と声の感じが似ていたので、もしかして同じ方かと思って・・。」

私は、「そうでしたか!ありがとうございます!ご兄弟で清水園を選んで下さったのですね」とお話をしていると、突然お母様の目には涙が・・

「でも・・息子は結婚式を挙げた一週間後に交通事故で亡くなったんです」

私は、風船を作る手が止まり、涙がとまりませんでした。

そしてお母様は、「今日はお父さんに“泣くなよ”って言われたんですけど、やっぱり清水園さんに来たら思い出してしまったわ」
でも、お母様はこう仰いました、
「今回、また息子が、『母さん、俺も清水園で結婚式を挙げていいかな』と急に言いだしたんですよ。だから私は、清水園さんとは、きっとこうして又ご縁があったんだと思ってるんですよ」と・・・。
その後も お母様は私に、亡くなられた息子さんのお話をずっとして下さいました。

その横で、小さなお子様が無邪気にキャッキャと・・。

私は気持ちを抑えながら風船を完成させました。

あのお子様の笑顔で、その場の空気が少しだけ変わりました。

そしてお母様から、
亡くなられた息子さんのブライダル担当者が、寿退社をした吉田さんだったということがわかり「とても良い方で、息子は吉田さんとの打ち合わせを いつも楽しみにしていたんですよ」と教えてくれました。

とっさに私は、『何かできないか』と思い、退社した吉田さんは居ないけれど、少しでも懐かしい気持ちになっていただきたいとの思いで、寿退社した相手の板前さん(高橋さん)に、お母様に逢いにきて欲しいと調理場に走りました。

直接は関係のない人かもしれません、
でも、少しでも何かをして差し上げたいとの思いで・・その時はそれが正解なのか、良い事なのか、悪い事なのかさえわからないまま、板前さんを呼びに行きました。

状況を説明すると、当時の話しは、吉田さん(奥さん)から聞いていて知っているとの事で、快くお部屋に来て、お父様や

お母様にご挨拶をしてくれました。

お母様から笑顔がでました

お母様は「結婚おめでとうございます」と高橋さんにお祝いの言葉をくださり、その後も、担当の吉田さんと、亡くなられた息子さんとのエピソードを嬉しそうに話されていました。

良かったのかはわかりませんが、ただ、お母様もお父様も高橋さんに会えて嬉しかった、色々とありがとうございますと仰ってくださり、
私も、「ご披露宴当日は高橋が心を込めてお料理を作ります!!そして、私もまた風船を作りに行きますからね!」と申し上げました。

お母様は、幼いお子さんを抱きながら、その子の手を持って『また宜しくね、また来るね』と仰り笑顔でお帰りになられました。

私は、今回の結婚式で、お母様の心の中にある辛い記憶が少しでも和らいでもらえるように、素敵な結婚式で笑顔の涙を流してもらえるようにと願っています。そして清水園と御兄弟様のご縁が、お母様を温かく包みこんでうれるものだと信じたいと思いました。

 

 

スタッフからの報告書ですが、何度も読み返し、大切にしまってあります。
改めて・・今までのあり方、これからのあり方、深く考えさせられました。

 

 

 

清水園の歴史は、お客様と共にあります。

そしてまた、今日は、芸者の御姐さんと昔の清水園について色々お話しを伺いました。
社長(母)が清水園にお嫁に来る前から現役で芸者さんをやられている美代和姐さん。

芸者一筋50年。

美代恵ちゃん

お姐さんに伺った昔の大宮のお話し・・

また、ご披露いたします。

 

「な(7)み(3)」の語呂合わせで、7月3日は波の日です。
どうぞ、波に乗って勢いが増しますように。